人生の再選択を『幸せの勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ』から学ぼう

岸見一郎・古賀史健著の『幸せになる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ』

嫌われる勇気の続編です。

青年と哲人との対話が再び始まります。

いきなり青年の否定的な意見が飛び出します。

アドラーの思想はペテンだと訴えるのです。

なぜそこまでの言葉を口にするのでしょうか。

再訪した青年は教育者になっていました。

そして、アドラーの「ほめてはいけない。叱ってもいけない」という教えを実行したそうです。

その結果、教室が荒れてしまいました。

だからペテンだと訴えたのです。

哲人は誤解していると話します。

果たしてどうなんでしょう。

誤解はとけるのでしょうか。

今回も読み初めてすぐに、話しに引き込まれていきました。

熱のある意見交換は読んでいて私まで熱くなってしまいます。

教える側に立つ人間が、教えられる側に立つ人間を敬うという話しは、衝撃受けました。

根源にあるのは「人間への尊敬」だそうです。

それは、私が考える尊敬とは違うものでした。

その人のありのままを見ることが尊敬することだと言うのです。

他者の関心事に関心を寄せることが大事なのだそうです。

そこから尊敬が生まれるといのです。

正直、疑問を感じるところもあります。ですがなるほどとも思えるところもあります。

おそらく私もまだまだアドラーの教えを理解出来ていないのでしょう。

子供であろうが対等な立場で接することが大事と話しています。

なかなか出来ることではないです。つい上からものを言ってしまいそうです。

そして、三角柱の話を持ち出します。

思い悩んだ人が話すのは、「悪いあの人」もしくは「かわいそうなわたし」になるらしいのです。

哲人はもうひとつの隠された言葉が本来話し合わなくてはいけないものだと話します。

それは「これからどうするか」ということです。

つい私もこれからのことを考えてしまいました。

問題行動の五段階の話も興味深いものでした。

完全には理解出来てはいませんが、なるほどと思えました。

そこで私は思いました。

叱ってはいけないという観点はわかる気がするのですが、褒めてはいけないというのはどうなのでしょう。

褒めることで競争原理が生まれます。

勝とうとするため、不正行為をすることもあると言います。

他者は敵だと認識するようになってしまうのです。

協力原理でないといけないのです。

というか人間は、身体的弱さゆえに共同体をつくり、協力関係の中に生きているのです。

共同体感覚は私たちにすでに内在するのです。

ならば、承認することで繋がりが強まるのではありませんか。

けど承認欲求は否定されています。

価値は他者からではなく自ら決めるものだと言うのです。

人との違いに価値を置くのではなく、私であることに価値を置くのです。

普通であることは恥ずべきことではありません。

そして、信頼をよせるのです。

まず自分が相手を信じることから始めるのです。

そこで愛とは何かが語られます。

愛とはふたりで成し遂げる課題。

私の幸せでもあなたの幸せでもなく、私たちの幸せを追い求めなくてはなりません。

愛は自立。大人になることです。

だから困難なのです。

そう話しています。

いろいろ考えさせられます。

それから、運命の人はいないと断言しています。

運命は自らの手で作り上げるものなのです。

シンプルであり続けるのは困難であり、なんでもない日々が試練となるのです。

本当にアドラー心理学とは面白い考えです。

アドラーの教えをここで知ったからといって、すぐに教え通りにいくとは限りません。

けれど信じて実行していくうちに自分なりの答えに気づくのでしょう。

まだ私はアドラーの扉を開いたばかりです。スタート地点に立ったばかりです。

今を真剣に取り組み、頑張っていこうと思います。