脳は直感している 佐々木正悟 祥伝社新書

冒頭部分で本能と直感は違うということが述べられています。例えばお腹が減ったから何かをを食べたいという欲求は本能に分類されます。対して、直感は経験も加味した総合的な判断力だということです。そしてほとんどの野生の動物は本能を元に状況判断をしますが、チンパンジーのように知性が発達すると発揮できる能力のようです。人間はチンパンジーよりも知性が発達しているのでより直感が働きやすいということです。

車を運転していると、道路を走っていてあまり近づきたくない車というのはあります。なんとなく挙動がおかしいとか、車間距離の取り方とか雰囲気で運転車の性格が感じられる。運転者が男性か女性かというのもわかるときがあります。この本の直感に対する説明文を読んでいて、こうゆう経験的に感じられる感覚が直感なんだなと納得できるところがありました。

現代人は直感が錆び付いている
引用ー『危険を直感で回避するには、自分の脳が、自分に先んじて「感知する」ことに対して、敏感になることだ。

危険を回避する能力が「本能」的に備わっていて、それを経験によって「直感力」へと発達させられるのは、そのような性質が「自己保存欲求」という形で、遺伝子によって子々孫々受けつがれてきたからである。自己を守り、同族を守ろうとする性質は、歴史的な進化を遂げてきたものだ。

気をつけなければならないのは、「脳の声」は聞き取りにくいことだ。警察官や軍人のように、危険と隣り合わせで、日々仕事をしてるというのであればともかく、ごく普通の日本人は、日々本当の危険と接しながら生きてなどいない。

だからこそ、「危険に際しての直感」の声が、ひどく耳慣れない、違和感のあるおかしな信号としてしか、受け止められない可能性が高い。』

日常生活では大抵、頭で考えてから次の行動に移るのが普通です。バスケットボールの経験があるのですが、バスケの試合中は状況判断の連続ですすんでいきます。練習などで身につけた経験を頼りに瞬間的に次のプレイを選択していきます。直感とは「経験や知識も加味した、総合的な」判断だということの、自分なりの体験談です。

この本の著者も対戦型のスポーツは直感を養うのに理想的な訓練になると述べています。学生時代以来、バスケはやめてしまったのですが、そういえば直感力というものが衰えていった気がします。何かと理屈で次の行動を決めるようになりました。バスケの試合中のような感覚的に判断しても良いという自由さがなくなりました。そのせいか、イマイチうまくいかないことが多くなっていったように感じます。

情報の集めすぎ

なにかを計画して行動を起こす時に、判断材料を得ようと情報収集をします。しかし、人生は不確定なことばかりが目の前に現れてくるので、必要以上の情報収集は意味がありません。そして、例えば必要な資格試験に合格したとしても、株式投資のようにそれで利益が確定するわけではない。

引用ー『そもそも、「利益確定」を追い求める態度には、自分自身の感覚や判断力を信頼できないという、根本的な自信のなさのようなものが感じられる。直感は、「その時その場でその人に」発揮られるものだから、自分の判断に強い不安を感じていては、とうてい直感的判断など不可能である。

自分の判断力、直感を信じることから始めて、常に「直感的に判断する」という訓練を積み重ねた方が、人生の利益を得るためにより有効な生き方であるということを肝に銘じたい。』

例えば自己啓発本。他人の経験談や方法論を読み漁るという行為は、知識を増やすことで自分が失敗することを避けようとする心理があります。しかし、もしかしたら失敗しないかもしれないのに、あれこれ読んでいる時間が無駄になるという見方も出来ます。実際無駄になっていることも多いし、自己啓発書は読んだ直後は未来が明るくなったように感じますが、その感覚も長くは続きません。

社会人になって本をよく本を読むようになると、感覚的に判断するということが少なくなっていくのを感じていました。何かと行動に理由や根拠を求めることが多くなりました。他の人がいいと言っているから、その選択肢を選ぶというように。しかし、それは外付けの理由のなので、大抵うまくいきません。もっと自分の生物としての感覚を大事にしていいはずです。

「自信を持つのに根拠を求めてはいけない」ということを聞いたことがあります。根拠というのは過去に由来します。しかし、今まで経験のないことに取り組むときは次々に新しい状況に直面します。そんな時に必要な自信というのは根拠のない自信です。過去の経験に自信の根拠も求めず、今生物として生きていることに信頼を置いて生きていきたいです。